〜FGOと辿る〜私の院試合格体験記その3
〜復刻サバフェス〜開催期間 2019/7/17~2019/8/3
初夏には一次筆記試験の結果発表と、二次試験の面接がありました。筆記試験の結果待ちは気が気ではありませんでしたが、試験終了に伴う達成感と解放感はひとしおでありました。しかしささやかな幸せも束の間、大学は絶賛期末期間です。大急ぎで未着手のレポートに取り掛かり、筆記が通ったという報せを受けても面接への不安と終わらないゼミ課題に胃がキリキリとしておりました。我ながら損な性格をしていますね。とにかく、全てが終わるまでは常に悲壮感が漂っていたと思います。そんな情けない自分をなるべく友人にも見せたくなかったので、自然とこの半年は人との関わりが薄れていきます。そのような状態で、いかにして精神の崩壊が防げたのか。そこでFGOが役に立つわけですよ。
ぐだイベとまさかの開催期間被り。長尾景虎の気持ちいいサイコ高笑いがまだ耳に残っている状態で一年ぶりのルルハワです。私、このイベントがFGOの中で一番好きなんです。寂しいオタクの戯言と思われるでしょうが、サバフェスにはリアルな一夏の思い出が詰まっているんです。限られた時間の中で友人とキャッキャと戯れながら、夜通し起きて無茶をする。中高生時代の修学旅行やサマーキャンプを想起させるような、あのかけがえのない青春の煌めきがルルハワにはあります。そんなこのイベントの「陽」の部分に深みを持たせているのが「陰」であるクトゥルフホラー要素ですね。ただのホラーではなく、探索者がもがきながら活路を見出すホラーであることに意味があるんです。限られた余暇が終わるのは惜しい。だから無限にループする夏休みは楽しい、夢みたいだ。しかし私たちはそれを否定しなくてはならない。なぜなら私たちは前に進まなくてはならないから。この成長経験は、十代前後の少年少女特有のもの。その輝きと切なさが、たまらなく愛おしい。自己矛盾を重々承知で、永遠にこのイベントをやっていたい。だからこそ私はループの主犯である水着BBにどうしようもなく心奪われたのであり、もし私が主人公ならば人類史が終わるまで彼女の掌の上で楽しく踊らされていたでしょう。どれくらいこのイベントが好きかというと、ラスボス戦闘BGMを去年の夏から時折聞いてはその余韻に浸っていたほどでした。ちなみに今回ガチャは回しませんでした。水着BBちゃんの宝具レベルを重ねたくもありましたが、今年の夏イベに備え石貯金をしておきたかったので。マシュも可愛いんですよね。ぐだ子/ ぐだ男のパートナーはマシュしかあり得ないなと改めて思わされました。私のパートナーは水着BBちゃんです。
やがて面接試験も終わりました。大変やらかした、の感懐しかありませんでした。もしこれに落ちたら、受験期間たくさん会っていたあなたのことまで嫌いになるのだろうか、BB…と嘆きながら結果が発表されるまで心ここに在らず、魂が抜けたように生活していました。今もですが、研究テーマが堅固でないのが非常に痛手だった。いつだって迷える子羊。なのでどうして自分が受かったのかよくわかっていません。今年の夏イベが開催される前に合格発表がありました。わかるのはこれから卒論と修士の研究準備という地獄が待っているということ。今が束の間の夏休みだということ。いやー厳しい。永遠の夏休みがあればいいのになぁ。
P.S. 読み返すとFGOの部分は既プレイヤーでないと怪文書状態ですね。みんなもFGOをやろう!
〜FGOと辿る〜私の院試合格体験記その2
〜惑う鳴鳳荘の考察〜開催期間 2019/5/15~2019/5/29
公式CMはありません。完全に読み物型のミニイベントでした。
TOEFLのスコアは5/21、予定通りに開示されました。結果は106点。内訳はR/28 L/29 S/24 W/25。しばらくはこの悪くない結果に浮かれていましたが、この後いくつものメンタルの危機を迎えます。
大学院の説明会を通じて知り合った人たちと勉強会を始めたのがこの時期です。彼らの議論についていけない私は、とてつもない焦燥感に駆られます。私は院の専攻と学部の専攻が違います。さらに入試に辛うじて役立ちそうな自分の知識も、留学中に得たものですから英語なわけです。
今更ですが私が受験した試験の軽い説明を。まず七月の後半に知識を問う筆記試験を受けます。手書きの論述タイプで、試験時間は三時間半、記述量はA3用紙約4枚。その凄まじい文章量は科挙を彷彿させるなどと思いましたが、きっと司法試験や国家公務員試験の方がより過酷なんでしょう。知らんけど。英語での解答も可能ですが問題文は日本語ですし、私自身日本語の文章作成能力の方が優れていますから、早急な日本語での知識の導入が要請されました。その試験を潜り抜けた者たちのみ、八月上旬の面接試験に呼ばれます。
また、大学院に進んで何を研究したいのか。実はこのテーマ、未だにあやふやです。しかしあまりにも漠然としていると面接を勝ち抜けませんし、何より受験のモチベーションがなくなります。よってこの時期は知識を詰め込む大学受験型勉強と、研究内容を模索する創作の苦しみの両方に精神が蝕まれていました。そんな私を救ってくれたのが、そう、FGOです。
サリエリが出演しているということで、告知の時点からテンションMaxでした。読み進めてみるとストーリーが美味しいのなんの。「以蔵さんはそんなこと言わない」過激派土佐藩士大好き。薫子ちゃんと邪ンヌの百合もごちそうさまでした。邪ンヌって数年前にブリュンヒルデとも百合ってましたよね。まあ私の推し百合CPはアルエレ及びメイスカ(術)ですが…トリスタンのお陰で話が硬くなりすぎず、楽しく読めました。
〜本編Lb4配信開始〜配信 2019/6/15~
勉強会に参加しては自分の知識不足を実感し、心の中で泣きながら踏ん張る、そんな毎日でした。毎週新しい参考書を買い、積まれていくそれらの厚みと比例するストレスにどこか傍観者気分で耐えながら、胃液を飲み込み自室や図書館に篭っていました。早くから対策しなかった私の自業自得ですから、これで落ちたら道化にもなりきれません。また周りの友人が次々と就活を終え、周囲の解放感とのコントラストで余計自分が惨めに思えました。
そんな中、本編のユガクシェートラが配信されます。精神の限界を迎えていた私は休日を丸々利用して一日で終わらせてしまいました。私を慰めて、応援して、FGO…という気持ちでガチャを回したらアルジュナオルタが来てくれました。全てを破壊してくれる彼を見ていると、鬱々とした気分も少し消し飛ぶような気がしました。また、FGO関連のふせったー巡りをすることで日々の英気を養っていました。他人の洗練された考察や痒いところに手が届くような感情の言語化を目にすると心が浄化されますね。ありがとうインド。私の代わりに、感情を気持ちよく爆発してくれてありがとう、アシュなんとかマン…ボリューミーな本編ですので語り出すとキリがありません。皆さんも良質なふせったー巡りをどうぞ。
〜ぐだぐだ本能寺〜開催期間 2019/7/4~2019/7/18
最後の追い込みだ〜〜〜!振り返ってみると一番精神的にキツかった時期は上述の六月中と試験直前二週間です。六月は暗中模索する窒息感、例えるなら真っ黒な泥に飲み込まれていくかのようでした。直前二週間は予定している試験勉強が当日までに間に合うかわからない切迫感、ストレス性胃炎の胃薬が手放せませんでした。これを書きながら思い出すだけでも吐き気に襲われます。ただそこまで自分を追い詰めた甲斐あって、勉強会でもやっとまともなことを言えるようになっていました。まともと言っても、凡庸な意見を適切な文脈で口にすることができるようになった程度です。買った本の半分以上は最後まで手付かずでしたし、万全な対策をしたとは言えません。ただ、元来心の折れ易い自分の性格を考えると、現状可能な全ての力を出し切ったと言えるんじゃないでしょうか。それを可能にしてくれたのが、FGOです。
上のcmを見ていただければわかるんですが、FGOの織田信長は声帯がとにかく良いんです。私は中二病で赤と黒が大好き、よってノッブも元から好きなビジュアルではあったんですが、ノッブって遠坂凛的な性格をしているんですよね。彼女らは停滞を良しとしない典型的なFateの女です。どちらも豪快なカリスマで、派手な戦法と上がり眉が似合います。一方で私がFate/ Stay Nightで選びたいヒロインは間桐桜。凛は嫌いではなくむしろ好きですが、少し眩しすぎるんですよ。しかしまぁ、今回実装された魔王信長はそんな些細な好みがどうでもよくなるくらいイケメンでしたね。宝具演出を見て「抱いて…」しか言えなくなりました。ずるいですよこんなの。間違いなくFGO一のイケメンです。本当にイケメンです。長らく恋をしていない私がキュンとしちゃいましたからね。彼女はホンモノですよ。ダメージボイスの「それだけか?」はお聞きになりましたか?腰を抜かしますよ。まさかこの令和において櫻井孝宏ではなく釘宮理恵に骨抜きにされるとはね。FGOはこれだから面白い。ちなみに引けませんでした。それでも彼女が私のリビドーを呼び覚ましてくれたお陰でなんとか死なずに生きることができたのです。
次で最後です。
〜FGOと辿る〜 私の院試合格体験記その1
実はわたくし、今月の上旬をもちまして他大の院への進学が決まりましたので、喉元を過ぎたばかりの熱くドロドロとした受験の辛苦を忘れぬ内に書き留めておこうとキーボードを叩いています。今日は敬体の気分なので文調はこれでいきます。なにより、簡素な常体は嫌というほど筆記試験で書かされたので。
この度の入試、私の人生におけるお勉強チャレンジ系で三番目に苦しいものでした。精神的逼迫順に「大学入試(浪人)>大学入試(現役)>大学院入試(今回)>留学先での修学>その他の大学生活>…」といった感じでしょうか。こういうものって、純粋な勉強量や履修範囲だけじゃないんですよ。その時の人間関係や身の回りの環境、そこから生ずる悩みによって大きく難易度が左右されるわけです。その点で言えば今回は恵まれていました。私の数少ない友人はみな、良識のある人たちばかりで純粋なエールを送ってくれましたし、金銭だの恋愛だのといった勉強外のトラブルともこの半年は無縁でした。後者に関しては長らくご無沙汰しています。そして受験中のQOL向上に貢献してくれたのがそう、何を隠そうFGOでした。
FGOはみなさんお馴染みの超ウルトラスーパーたのしい覇権王道ソーシャルゲームです。私はこのゲーム(及びガチャ)があるから翌週や翌月を生き延びられるのであり、FGOはまだガンには効かないもののそのうち効くようになります。少なくとも鬱には確実に効く。私はほぼ毎日FGOにログインしているので、FGOの期間限定イベントの内容を思い出すことで芋づる式に実生活の記憶が蘇ってくるのです。完全にバーチャルとリアルが逆転していますね。これを読んだみなさんが他大の修士課程を志すか、FGOをダウンロードしてくれたら嬉しいです。フレンドになろうよ。
〜大奥イベント〜 開催期間2019/3/27~2019/4/10
季節は遡って三月下旬。一流プロクラスティネーター資格保有者(冠位クズ)の私は入試まで四ヶ月を切るまで勉強に身が入りませんでした。一応弁明させていただくなら、前学期の期末課題があまりにもハードだったので、その修羅場を切り抜けて以来ホッとしてしまい、緊張の糸がゆるゆるに解けていました。
そんな中、TOEFLスコア提出のことを思い出します。そういえば、TOEFL iBTの申し込みって、かなり早くから席が埋まらなかったっけ。そんでもって、TOEFLのスコアシートって郵送まで一ヶ月くらいかからなかったっけ。新学期も始まろうとしている桜の季節に、青ざめながら私はTOEFLの予約を取っていました。リザーブできたのは一ヶ月半後の5/11の試験。5/21に結果が開示され、そこから約一ヶ月の郵送期間…一方で大学院の願書の締め切りは6/20。綱渡りがすぎる。アメリカの郵送事情ほど信頼ならないものはない。この絶望的な状況は、よく自殺しなかったなと自分を褒めたくなる修羅場その1です。いえ、思い留まった私が偉いのではなく、私を支えてくれたFGOに感謝と賛美を。
ちょうどこの期間は大奥イベントの真っ最中でした。私はうみねこのベアトリーチェやまどマギの美樹さやかみたいなシンデレラのなり損ない概念が大好物なのでFateの桜族、特にその中でも闇堕ちしたキャラは大大大好きです。そんな浅はかな理由で彼女たちを愛していてごめんなさい。ともかく、水着BBに聖杯を突っ込んだオタクがカーマに惚れないわけがなかった。私は来た、見た、勝った。宝具レベルは1だけど、カーマたそをお迎えしました。なぜかついでにキアラさんも召喚しました。ソワカソワカ…
そして一ヶ月半のTOEFL対策期間の通学時間は毎日大奥イベ通常戦闘BGMを聞いていました。BGMをお気に入りの音楽にすると、単語暗記の邪魔をする歌詞がないのでオススメですよ。「I beg you」を聞いた時から思っていましたが、ダーク桜ってオリエンタルな短調のメロディが似合いますよねほんと。カーマのお気に入りボイスは「溺れたいみたいですねぇ」と「シュリンガーラヨーニ!」です。宝具も好き。全部好き。絆Maxでぐだデレする彼女を叩くツイートが散見されましたが、私は好きですそういうの。カルデアで彼女が救われる可能性が提示されたなら、キャラ解釈はひとまず置いておき、嬉しいに越したことはない。
〜復刻ぐだぐだイベ〜 開催期間2019/4/12~2019/4/26
復刻なのでストーリーは去年と同じ内容です。TOEFL対策も佳境に差し掛かっておりゲームにあまり時間が割けなかったので、テキストはほぼスキップしていました。去年沖田オルタと以蔵さんをお迎えしていたので、素材集めは割とサクサクでした。試験直前のイライラした学生に無心で周回できるFGOはオススメです。禅みたいなもんです。
〜事件簿コラボ〜開催期間 2019/4/27~2019/5/11
いよいよTOEFLだ!試験までの残り一週間は過去問をひたすら解いていました。主に使用した教材はメルカリで手に入れたOfficial Book。TOEFLの申し込みと同時に購入したOfficial Book最新版は2019/8/15現在まだ届いていません。海に落ちたんじゃないかな。世は正に大航海時代。
イベ内容は他のものと比べるとライトだったと思います。公式のCMも15秒バージョンしかないし、新規鯖はライネス一騎のみでしたし。パッチワークロンドン、刺さる人には刺さると思います。ちなみに私は曇っている街は嫌いです。地元の山陰地方で充分です。人権系サーヴァント、もとい軍師枠が欲しくてガチャを回したけどライネスは来ませんでした、残念。グレイちゃんの最終再臨絵綺麗ですよね。声もいいし。良い配布でした。
一旦切ります。
最近聞いた曲と好きな作品語り
私は好きな曲のジャンルが限定されたことがない。だから特定のアーティストやアイドルのファンを羨ましく思ったりする。彼らはそれを繋がりにして交流が広げられるからだ。外との接触の糸口は多ければ多いほど好ましいじゃないか。
一方私は、自分の心情を少しでも代弁してくれる歌詞、或いは心を弾ませてくれたり感傷に浸らせてくれるメロディならば割となんでもハマってしまう。流行り物を毛嫌うほどに捻くれてもいないから恋ダンスも踊ったし「カーモンベイビーアメリカ!」と歌いながら片腕片膝を上げた。ただ雑食と名乗るには少食な自覚はある。きっと私は音楽がなくても生きてはいける。 No music still life だ。
〜ここ1週間で自発的に聴いたもの〜
"Solo (feat. Demi Lovato)" by Clean Bandit →洋楽
"I beg you" by Aimer →アニメ映画の主題歌 (Fate)
"Shape Of You" by Ed Sheeran →洋楽
"夏に去りし君を想フ" by Baker →ボカロ
"Asience-fast piano" by 坂本龍一 →cm曲?
"アンチテーゼ貴様" by syudou →ボカロ
"Bernkastel's theme - The Executioner" →ゲームbgm (うみねこの鳴く頃に)
"Boneless" by Steve Aoki, Chris Lake & Tujamo →洋楽
"コノユビトマレ" by JUNNA →アニメ主題歌 (賭ケグルイ)
"ダンシング" by 佐伯ユウスケ →アニメ主題歌 (弱虫ペダル)
"Touch off" by UVERworld →アニメ主題歌 (約束のネバーランド)
こうして見ると、好きな曲なんて所詮その出会いに恵まれるかどうかにかかっていると思う。人の恋愛沙汰と同じだ。浅く広く日本オタク文化愛好家の私の趣味がアニメ主題歌に偏るのは納得である。私はなにも端からアニソンそのものが好きなのではなくて、アニソンを聴く機会が多いからそうなったというだけだ。
ちなみに"Solo"は数ヶ月前インスタの広告のbgmに使われていたのを気に入って見つけたものだし、"Shape Of You"は一昨年ワシントンD.C.にいる友人を訪ねに行った時、聴かせてもらって知った。一見して縁遠そうな洋楽にもこのようにして出会う。大衆、不特定多数に向けられる楽曲も、受け取る個人にはユニークな思い出がある。創作物全般に言える面白さよ。
話は脱線するが、私は上記ゲームbgmにある"うみねこの鳴く頃に"が大好きだ。冗長的だのトリックが無理やりだの悪評高く、何よりオチがとんでもない定石破りだが、それでも見過ごせない魅力が本作にはある。十代特有の恋に使う生命力、その永く残酷な時間感覚、大人になりきれない大人、メタ世界を更に俯瞰するメタ世界…などなど。ネタバレになるかもしれないのであまり多くは語れないが、あの世界がエゴを制御できなくなった"魔女"の微睡みでしかないと理解するのにだいぶ時間を要した。なにせ本作でははっきりとそのように言及してくれなかったからな。自分で読み取るしかない。そして魔女の心情に寄り添うのならそれに気づいてはいけない。1周目プレイでなんの解説や他人の解釈なしに理解するのは不可能に近いと思う。
だいぶ脅してしまったけど、ぜひ第1章だけでもいいので"うみねこの鳴く頃に"をプレイなり視聴なりしてください。
自分の感性を信じる難しさ
劇場はタバコ臭かった。頭痛がした。私はアルコール、カフェイン、ニコチン…諸々に弱い。しかし多くの人がこれで正気を保っているという。同じように他者の裸も人によって薬や毒になり得るのだろう。事実、結論から言うと私にとっては目の毒だった。
まず私の目を引いたのは周りのおじさんたちだった。何故なら彼らは私と同じ観測者だ。この一点をもって、この空間内では私たちは同質な存在だ。だから彼らがどのように在るかを見定めれば、自分の在り方が確認できると思った。
新聞を読む人、寝る人、誰もいない幕の閉じた舞台をただ見つめて待つ人。彼らは他の観客には一切無関心だった。だから私も、ざっとその様子を確認した後、彼らに対してなるべく無関心であるよう務めた。
ショーが始まる。大きな録音済みの音楽が聞こえる。音質の悪い、鼓膜を凹ませるような音。私は大きな音が苦手だ。カラオケも苦手。たとえ音質がよかろうと、必要以上に耳を虐めるライブやコンサートにも苦手意識を持っている。これらは仕方のない受け入れるべき騒音なんだろう。他者は平気なのかもしれない。だから私も平静を装う。思えば大学1年生の時からそうだった。ダンスサークルでこんな音と共に踊ったのだった。
どの踊り子も最初の1曲は普通に踊り、次の曲で服を脱いでいった。先に言っておくとこのパターンに例外はなかった。
ショーの初めの初め、一人目の1曲目、私は退屈していた。確かに踊り子も、周りのダンサーも可愛い。特に肌の手入れが徹底されていて、新雪のようだった。スタイルも悪くない。しかし彼女らの踊り、顔の造形、衣装に3500円分の鑑賞料を感じなかった。これが母校の学園祭ならば、或いは友人が出演している舞台ならば手放しに称賛しただろう。しかし私はこのショーに観客という立場以外の一切の繋がりを持たない。だから冷めていた。そして否応無しにわかる。このショーの真の見どころは、彼女らが脱ぐところにかかっているのだ、と。なので多少苛立ちを覚えるほどに、私は2曲目を待っていた。
ようやく踊り子の胸が露わになる。抱いた感想は物珍しさ。私は視力が悪いから温泉に行っても他者の裸がぼやけてよく見えない。私が物心ついて以来の地上波放送は、女性の胸を映さない。私も普段自分からわざわざ他人の胸の画像や映像を探すことはない。自分以外のおっぱいをまじまじと見る機会なぞそうそう無い。なるほど、乳房や乳輪などの形や色は目鼻立ちと同じように個々人で違うものか。それもそうか。わかっていたことじゃないか。
それよりも異様だったのは、上記のような見たままの身体の構造ではなく、周囲の雰囲気だった。女性が裸で踊っている。多くの男性がまるで魂を吸われたように無表情でそれを眺めている。スポーツ観戦者のような喜怒哀楽は見えない。映画を見ている感覚と近いのか?ニヤケている人はいないが、退屈している様子の人もいない。皆真剣だ。女性は笑顔で踊っている。その滑らかな動きからはそれまでの努力が見て取れた。この女性は、裸で踊る様子を観てもらう為に努力を積み重ねたのか。
何故だ?ストリップは稼ぎが良いのか?そんな訳はない。本当に金の為に頭を使うならなんらかの資格を取ればいい。本当に金の為に身体を使うならもっとストレートに稼げばいい。金という価値だけでは、破廉恥だが難易度の高い踊りを完成させ体型と美肌を維持するのに要する時間と努力に見合わない。彼女たちは一体ストリップに何を見出しているのか。自分が美しくあることの証明、くらいしか思いつかなかった。それはかつて自分がダンスサークルに入部する動機だった。
第一、商売とは言え何故笑っていられる。商売でなければ私はすぐにでも自分の上着を踊り子に掛ける為に飛び出し、周りの男性を牽制する場面だった。踊り子は恥ずかしくないのか。悔しくないのか。決して彼女たちを責めているのではない。私は同じ女性として勝手に羞恥心を抱いていた。傲慢にも助けたいなどと一瞬思った。しかし彼女たちはあまりにも自信に満ちていて、堂々としていた。観客の男性陣からも、彼女たちを蔑むような悪意は感じなかった。場違いなのは私だった。そうだ、そもそも私は観客として男性陣と同質なはずじゃないか。タバコ臭かった。頭が痛く、考えるのが面倒になった私はやっと劇場内を現実や常識と切り離して、ただショーを鑑賞するに徹することにした。
曲のクライマックスで踊り子は自分の性器を観客に見せつける。身体が柔軟なことだ。踊り子のいる花道の先端(すっぽんと言うらしい)は昭和のラブホの回転ベッドさながらゆっくりと回転する。回転につれ性器を目の当たりにした観客から拍手が湧き上がる。タバコの臭いで麻痺していた嗅覚だが、確かに醤油のような発酵物の臭いを覚えた。気のせいだろうか。
生々しい。字義通りに生々しい。
欧米人が蛸を忌むのに似た感覚だろう。飾らない性、隠さない性とはこうもグロテスクなのか。挑発的で楽しげな洋楽と多彩なスポットライト、良いものに捧げられる拍手と踊り子の屈託のない笑顔がミスマッチだった。ミスマッチだった、と今なら思える。あの時は空気に呑まれてただ拍手をしていた。
初めてだから違和感を覚えるのか?自分が男性だったら純粋な興奮のみ感じたのか?煙って混乱した頭では結論が出なかった。
ここに緻密な描写を残すこともできるが、そんなことはしない。生物の教科書でも開くといい。あなたはあれを美しいと感じるか?
美しいの対義語とはなんだろう。汚い、だろうか。性器を汚いとは思わなかった。生々しくて目を背けたくはなるが、それでも彼女たちの身体の一部を否定することは自己否定に繋がるからできない。ただ、布で隠されていた方が胸も下半身も魅せ方の幅が広がると感じた。
それ以降の演目も全て、1曲目服飾ありきでこそ私は美しいと感じた女性たちが、2曲目でその美しさを剥ぐものだった。
あのショーに敢えて性的興奮用途以外の観点、芸術性を見出すのなら、そのテーマは "reveal" といったところか。ただ同じ女性である私は、彼女たちの裸体が暴かれたところで何も新しい発見をしなかった。女体に種族としての同一性を覚えただけだった。なんならマグロの解体ショーやラットの解剖実験の方がこのテーマにそぐわしいかもしれない。
しかしあの空間、あの雰囲気が他者の裸を芸術として成立させていた。音響と照明と観客。あの魔法は恐ろしい。舞台が出来上がれば、駄作であろうと作品は自動的にできてしまうのだな。
もし踊り子が男性だったら私はどう感じたのだろう。中学生の時、電車の中で露出狂に会ったことがある。あの時は混乱、怒り、気持ち悪さが脳内に渦巻いていた。もし顔もスタイルも優れている男性が、音響と照明と観客の力を借りて作品として全裸で舞台に上がったら、私は虜になるのだろうか。こればかりは観たことがないので分からない。
もし踊り子が友人だったら?より羞恥を勝手に覚えてしまうだろうか。好きな人だったら?分からない。
自分の感性に正直に、周りに流されずあのショーを思い返すのなら、あれは別段きれいでも汚くもなかった。身体の手入れは丁寧にされているから汚くない。かといって芸術としての美しさが語れるほどでもない。何も新しくはない。刺激はなかった。
「刺激はない」という驚き、こうやって何かを思考するきっかけ。この2点が得られただけでもまあ満足しないとな。
きれいは汚い 汚いはきれい
2月の後半に金を払って女の裸を観に行った話。
語弊なく言うと浅草ロック座のストリップショーを観に行った話。
さっさと勉強に着手すれば良いのに、私の価値なんてそれくらいしか見出せないのに、相変わらず無為に日々を過ごしていた。その間娯楽享楽にふけることもなく、ただただ休みをとっていた。楽しむ体力も苦しむ覚悟もなかった。この頃疲れているのだ。覚悟がないのだ。迷っているのだ。
長い休みの中で刺激を欲しつつも怠惰を貪る自己矛盾にずっと目を瞑っていたが、それを脱する機会というのはポンっと偶然にも手に入るものである。
私は若さの割に疲れた人だがそれ故、最低限社会を生き抜く為に人との約束は大抵違えない。人と会う約束をすれば這ってでも東京に出る。ただその日を一日間違えてしまった。つまり友人と会うはずの前日に一人、用もないのに私は都内にいた。
なんの為に自分は東京にいるんだ?自分への怒りよりも猛烈な虚脱感が勝った。そこで私は安直な考えを思いついた。刺激を得てなんとかこの虚無から抜け出したい。しかし体力も思考力もない。安い刺激。ローリスクな刺激。人間の三大欲求。ヒトのカタチ。原始の興味。他者の裸。
ストリップショーであれば観測者である私は物理的になんの影響を受けることもない。それでいて精神に何かしら変化が起きれば上々。女体そのものやそれを活用したビジネスに新しい気づきを得るのも良い。芸術的に触発されるのも良い。なんなら新しい性的嗜好を得ても良い。私は1mmでも良いから変わりたかった。<続く>